戦国時代の合戦事情

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攻城戦 〜ちっちゃなお城でも落城させるのは一苦労だった

ドラマのように天守閣が炎に包まれて落城することは稀だった
大阪城の落城、小谷城の落城などドラマでは劇的な部分が放送されるが、戦国当時、お城に炎が舞い上がる ような落城は少なく、むしろ調略や兵糧攻めによって開城させることが多かった。
まず力攻めであるが、これは敵城に兵をもって直接攻撃するもので、これが成功するためには敵を圧倒する武力が必要になる場合がほとんどである。また自軍の犠牲も覚悟しなければならない。
力攻めによって敵城の一部を占領に成功すると、ほとんどの場合、城主は開城に応じた。 ただしこれは支城のような規模の小さいお城の場合で、小田原城や大阪城のような巨大なお城(本城)の場合、一部が占領されても耐え抜いて、頑張った例もある。それはもちろん、巨大城(本城)の場合、兵力や武器弾薬、食料を多く溜め込んでおけるから頑張れたのである。

本城 大名の居城。武田家の躑躅ヶ崎館、上杉家の春日山城など。織田信長や徳川家康は居城を移したりしている。

城攻め”

力攻めで無理っぽい場合は、兵糧攻めで降伏させるようにする。この場合は、城を完全に取り囲んで、敵城への補給路を完全にたったり、あるいは井戸水を枯らしたりして開城させた。
力攻めよりは犠牲は少ないが、時間がかかってしまうデメリットがあった。たいてい、小さな城であっても2,3ヶ月分ぐらいの食料が備蓄されていた。だから兵糧攻めをしている間に敵の後詰が到着してしまうこともあった。有名な長篠の戦は武田軍が城を攻略する前に織田、徳川連合軍が間に合ってしまった。
武田信玄の場合は、水の手を絶って城の攻略を早めたりしている。信玄の二俣城や野田城の攻略はこの手を使っている。
秀吉は有名な水攻めで高松城を攻略している。大規模な水攻めであったため、毛利の援軍は近づけなかったらしい。




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