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三方ヶ原の合戦マップ  現在地:静岡県浜松市三方原周辺

 
[参考にした書籍、ネットツール]
検証・三方ケ原合戦
徳川家康の遠州入りから三方ヶ原の合戦後の武田軍の経路までを史料を基に検証。『三方ヶ原の合戦』のことが書かれている史料の原文も記載されている。ただし、静岡県のことに詳しくないとちょっと位置的なことが分かりづらいので、地図やグーグルアースなどを見ながら読むと、より分かりやすいかと。
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マップはこの中にあるグーグルアースを利用しました。 管理人は目印機能で、古戦場や城跡に目印をつけています。普通のマップと違い、地形による起伏も分かるので便利です。ただし戦国当時の地形と当然ながら多少違っている。
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地図の上右のあたりの二俣城を攻略後、武田軍は南下(赤線矢印)。浜松城へと向かうと思われたたが、武田軍は北西に向きを変える。
このとき、『検証・三方ケ原合戦 』によれば、武田軍は大軍を擁しており、反転に際し3隊に分けて1隊を浜松城近くで反転、信玄本隊は後方で反転、もう1隊はその中付近で反転させたのでは?という説が記載。
一方の徳川軍は浜松城より南下する武田軍に備えながら北上。背後を突こうとしたのか?

徳川、武田軍経路
三方ヶ原の合戦 武田信玄 VS 徳川家康
年代 元亀3年(1572)12月22日
場所 静岡県浜松市三方ヶ原
武田信玄の合戦の中で有名な戦いで、徳川家康が唯一完敗した合戦。 このころ武田信玄はすでに病魔におかされていたようで、躑躅ヶ崎館の出発も10月1日
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両軍の布陣の配置については詳細な記録が残っている史料がないのが実情のようで、下の写真はあくまで予想です。武田軍の先鋒は小山田信茂、徳川軍は石川隊酒井隊っぽいようです。
石川、酒井、本多の隊が小山田隊を突き崩し、さらに山県隊も崩されそうになったところで後方の勝頼隊や内藤隊さらに武田遊軍も襲い掛かり、徳川勢は総崩れとなった模様。
史料でほぼ確実なのは武田軍が魚鱗の陣、徳川軍が鶴翼の陣を敷いていたこと。

両軍布陣予想図

[三方ヶ原合戦後]
野田城の合戦 武田信玄 VS 菅沼定盈
年代 天正元年(1573) 1月〜2月
場所 愛知県新城市野田
12月、三方ヶ原で徳川家康をやぶって野田城の攻略にとりかかる武田信玄。 篭城側は400の兵しかいなかったが、鉄砲が配備されており、攻略にてこづっていたが、
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[関連ページ]
三方ヶ原の合戦(当サイト内)※浜松城の縄張予想図も掲載。
戦国時代の合戦データベース




[参考書籍.book]


戦国合戦「超ビジュアル」地図
戦国時代の有名な合戦の様子を、3D立体地図や航空写真を用いて年代順に紹介。古戦場写真も満載で、当時の人々が地形をどのように生かして戦ったのか、リアルにわかる合戦地図。

検証・三方ケ原合戦  小楠 和正著
当代記、松平記、甲陽軍艦、三河物語などの資料を元にした検証している本。

武田勝頼のすべて
武田勝頼は凡将だったのか?勝頼の軍事経営や領国運営を分析した一冊

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